メガスポーツイベント終わりの自己回復術

Tetsuya UEMURA

日本で行われた第9回ラグビーワールドカップ(2019年開催)と第32回オリンピック競技大会、東京2020パラリンピック競技大会(2021年開催)の両方の大会運営に携わり、その前職が小田急電鉄の職員というご縁もあり、IFLATsに参加いたしました。

国際的なスポーツ競技大会の運営を担う組織委員会という箱は、プロフェッショナルなフリーランスの方、直接雇用されているビジネスパーソン、日本政府から派遣された方、自治体職員の方に加えて、そして百を超える企業・団体からの出向者を迎え入れて出来上がっています。当然のことながら、全員がバックグラウンドも共通言語も違う中でどのようにして同じ方向を向いて業務を進めていくかが重要になってきます。一人で決められることはどんな立場でも事実上一つもない、というのが組織委員会ですので、ステークホルダーの皆様と協議と調整を重ねる中で結論を導き出すその作業が、IFLATsが着目するソーシャルスキルと強くリンクします。

IFLATsでは15個のソーシャルスキルを「推進力「コミュニケーション力」「メンタルケア力」「付加価値創出力」の4つの枠組みに分類しています。それを眺めながら、自身の体験を振り返ってみると、どれもメガスポーツイベントの運営をする中で必要なスキルだと実感しました。このコラムでは、私の実体験や実例をソーシャルスキルの視点を軸に振り返っていきます。初回は「燃え尽き症候群(バーンアウト)」とそれに対応するためのスキルについてお話しします。

メガスポーツイベントよりも少し規模の小さい国際スポーツ大会の運営に初めて関わったのは社会人2年目の時でした。次の年には同じ部門のリーダーを任され、目標も達成し、次の意欲をどこに持って行ってよいかわからない状況がしばらく続きました。その頃は体力にものを言わせ朝からてっぺん(深夜0時のこと)過ぎまで毎日働き、会社内の機能もリソースもきちんと活用できず、質より量で勝負という鬼滅の刃に出てくる猪之助のような働き方でした。心身への負荷が大きい働き方をしているため、目標を達成した時には燃え尽きていて、次の新しい目標を作ることにも気が回らずに、時間を過ごした記憶があります。今思えば、その時間は上手く回復できずに「苦労」をしていました。その後、幾つか大きなプロジェクトを経験する中で、次第にバランスが取れるようになりました。ソーシャルスキルの「自己回復力」を伸ばせたのだと思います。

ラグビーワールドカップやオリンピック・パラリンピックは僅か数週間の本番のために数年をかけて準備するメガスポーツイベントですので、組織委員会に参加した頃から、大会終了後にはかなり逆に振った経験をしないとバランスが取れないだろうなとは思い、前もって考えていました。そこで今回は少しドラスティックな試みをしました。「旅に出る、ただし、全て自分の足で」。数日間、国内をランニングで走り繋ぐことで仕事から自分を回復させる、という手段を選びました。

マーケティングや広報として土日関係なく働く中で、少しでも健康に気を付け美味しくお酒をいただこうとするとランニング以外のスポーツは限定されます。大好きな野球は仲間を集めて相手を探してと事前準備から時間がかかりますし、ゴルフはそこまで遠くに行く時間が取れません。ジムの開いている時間には仕事があるという生活の中で、ランニングは消去法で見つけた唯一のスポーツの選択肢でした(笑)。組織委員会で働いている時から、通勤ランなどを駆使して月300キロ以上は走るようになりました。大会後はそんな自分でもできるかできないか分からないチャレンジを設定しました。ラグビーワールドカップ2019日本大会の後に長野から京都まで315キロ、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の後に東京から京都を往復する1,000キロを走るというものです。

着替えやテントを背負ってひたすら毎日走り続けるだけのシンプルな回復術です。睡眠不足と闘いながら、毎日500通のメールを見て、チームに対して判断をしていき、社内外で調整をしていくという日々とは全く逆の生活です。

地図やSNS以外はデジタルとは繋がらず、体力の限界まで体を動かして寝落ちする。自然の風景(時に雨風などの自然の厳しさに)浸る。そんな生活を1~2週間連続して送ることで心身は面白いように回復していきます。足の痛みという物理的な痛みが加わることにはなりますが(笑)。結果としてラグビー後の長野から京都の315キロは6日で完走。オリンピック・パラリンピック後の1,000キロは、東京から京都まで563キロ走ったところで足の怪我でリタイアしました。これも人生ですし、改善点は見えているのでまたトライしたいと思います。

このように成功するか、失敗するか分からないぎりぎりのチャレンジを設定したことで、大きなイベントの渦中にいても、新たなモチベーションを持ち続けられ、他のチャレンジの計画を並行しながら進めることで、過度な一つの物事への偏重を避けることもできました。日々の「自己回復力」だけに頼ることなく、例えば「探求力」「自己認識力」など他のソーシャルスキルも必要なタイミングで組み合わせて出力していくことで、燃え尽き症候群に陥らずに対応できる可能性が高まります。人生の大きなイベントだけでなく、燃え尽き症候群はマンネリ化や疲労困憊でも起こると言われています。予兆が合った時点で、まずは業務上での軽減措置をとっていくことが一番です。そして同時に僕にとってのランニングのように、自分の好きな何かにチャレンジしてみることで全体のバランスを取るという方法も考えてみてもよいかもしれません。

皆さんも日々の業務で何かしらのゴールの設定をされていることでしょう。来年度予算の提出、関わっていた店舗のオープン、プレゼンの資料の完成、依頼されていた調査の完了などなど。大小問わずゴールを達成したら、心身を回復させていく作業を試してみてはいかがでしょうか。例えば読んでなかった本の強化週間を作って家に籠って読み続ける。ミュージカル公演を週何度も聞きに行き違いを楽しむ。映画を3連荘で観てみる。何でも構わないので好きなことを詰めこみ過ぎかなと思う位に詰め込んでみる。疲労というのは1種類ではなく幾つもの別腹があり、系統の違う疲労は他に影響を与えない場合もあるかと思います。

疲れていていても少し考えられる余地があるなら、ずっと前から自分の好きなことを詰め込んだ予定を入れてしまうことで、僕のように〆切効果で乗り切れる方もいらっしゃるかと思います。新しい刺激は気分転換にもなりますし、いつもの自分と違う行動をすることで、新しい視点や心の開放感、心身の回復を得られます。是非マンネリや少しの疲労を感じている方は試してみてください。

(IFLATs フェロー 上村哲也)

 

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この記事を書いた人 上村 哲也
IFLATsフェロー。ライフスタイルブランドマーケター。2004年日本テレビグループ入社後、ニュージーランド航空、小田急電鉄株式会社などでマーケティング・広報畑を歩み、ラグビーワールドカップ2019組織委員会マーケティング部長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会戦略広報課ニュースデスクなどを歴任。7年間のメガスポーツイベント運営において経営企画、マーケティング、チケッティング、コミュニケーション、広報、デジタル、スポーツプレゼンテーション、スペクテーターズエクスペリエンス、プレスオペレーション、パブリックビューイングなど多岐にわたる部署のプランニングやデリバリーを担当。 中学高校の5年間をオーストラリアの田舎で過ごし、週末のスポーツ会場やショッピングセンター巡りが唯一の楽しみだった経験から、人を集める場所、人を集めるコンテンツを作り、それをライフスタイルブランドに昇華させることがライフワーク。趣味は100km以上を走るウルトラマラソン、ウルトラトレイルで年間5000kmを走る。

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