定年後の学び

人生100年時代と言われる中で、最先端医療の発達により寿命を延ばすだけでなく、健康寿命(人が健康に生活できる期間)を延ばすことも日々進化している。企業の法令対応により、今後70歳まで企業で雇用される方が増えることになると思うが、それでも70歳を超え、まだ30年間も健康的に生活できる社会の到来がそこまで来ている。現在は、30年間までいかないにしても、平均寿命と健康寿命の差の縮まりにより、どの組織にも属さない自由な時間は20年間近くある。企業現役時代には中々出来なかったことを思う存分実行できる。夫婦で長期の海外旅行に出掛けたり、趣味に没頭したり、孫の面倒を見たりとどれも仕事をしている時には制限を掛けてきたものばかり。ただ、この自由な時間も数か月もすると飽きるのではないか。
というのも、私は新宿駅から50分ほどのベッドタウンに暮らしているが、平日の日中に図書館に行くと多くの高齢者が新聞や雑誌等を読んでいる姿を見かけ、大型商業施設に行くとただの散歩のようにぶらぶらしている高齢者を目にする。少なくとも私の目には、自由を満喫している姿には見えず、皆時間を持て余しているように映る。例えば、あと30年もすると私は75歳近くになるのだが、その時何をしていたいかを想像してみると、実は大学に通っていたいというのが答えになる。お恥ずかしい話だが、大学時代全くというほど勉強をしてこなかった。存分に自由に浸ってしまっていた。今となっては、もっと学問をしっかり学べば良かったと後悔をしている。私と同じように考える方は多いのではないか。
ここからは私からの提案であるが、高齢者の自由な時間をぜひ学問的な「学び」に充てることはいかがだろうか。大学に通わなくとも、地域の公民館や図書館等で実施されている社会教育、MOOC(ムーク)というインターネットを利用した大学のオンライン講座等、お金を掛けずに、学ぶ意欲さえあればその環境は整っている。もちろん読書による独学でも構わない。

私が高齢者に学んで欲しいと思う理由は、定年後の余暇を知的好奇心を満たすことで満喫して欲しいと思うことに加え、この高齢者層が現在日本の約3割を占め、2050年には約4割に達するということからでもある。日本は課題先進国であり、少子高齢化がもたらす労働力不足、空き家増加による街の空洞化、耕作放棄地の増加等のほか、自然災害、環境問題等の諸課題が多々存在する。その国家レベルの課題に先頭に立ち解決に当たるのは政治家だと思うが、その政治家を選出するのは言わずもがな18歳以上の有権者である。その中で多数の割合を占める高齢者の教養レベルを引き上げ、政治家に対する目利きスキルを磨くことで、課題解決に相応しい政治家が選出されることに繋がる。この層にぜひ積極的に学んで欲しく、間接的に日本の課題解決をリードする役割を果たして欲しいというのが願いだ。また、高齢者は仕事や子育て等多くの経験をしてきている。その経験に教養を加えれば、冷静にそして理知的に社会を見る「賢人」としての役割を果たせるだろう。政治家の目利きのみならず、日本の課題に対して行動を起こすことも可能だ。地域のNPO等の諸団体への参加や自治体、自治会等が企画する地域活動への参加を通じて、課題解決に関連した動きを実践することも期待できる。

ただ、高齢者の学びを拡げるためには、学びの形式の工夫が必要だろう。座学が中心の学びでは参加者の拡がりは限定的である。参考になるのは、シブヤ大学や丸の内朝大学等のコミュニティカレッジである。若手・中堅サラリーマンを中心に人気で、講座は学問的なものから、写真等の趣味に近しいものまで幅広い。これら講座はただ座学で授業を聞くだけではなく、参加者が実際に体験する形を取り、他の参加者との意見交換等で交流を深めるスタイルになっている。恐らく参加者は授業を学ぶことのみが目的ではなく、人との繋がりの拡がりも求めているものと思われる。これをヒントに地域教育を担う社会教育の場等でもワークショップ形式の交流型の授業スタイルを取ることで、高齢者が楽しく学び、地域での交流の拡がりが期待できるのであれば、一定の参加者を確保することができるのではと考える。その第一歩は、多くの高齢者が集まる図書館で、読書会のような会を開き交流を図ることからスタートさせるのかもしれない。これらは、高齢者の教養の引き上げとともに、孤立しがちな高齢者の地域人脈を拡げる役目を担うこともできる。

日本はIT分野では、アメリカや中国に2周分くらい遅れている。もう追いつくことはないと言われている。しかし、課題先進国である日本では、各種の課題にIT等のイノベーションを掛け併せることで、新たなビジネスを生むことが可能であると言う識者は多い。「サステナベーション」(日本経済新聞出版)の著者、株式会社NTTデータの副社長である藤原遠氏もその一人である。これまで社会課題の解決は慈善活動のように考えられていたが、今後は利益を得ながら社会貢献を果たすことが可能となるとのことだ。これらに日本が率先して取組み、遅れて少子高齢化社会が到来する中国等にビジネス展開する青写真を描くことができる。この実現には欠かせない政治の分野で重要な役割を果たすのが、まさに高齢者である。人生100年時代、高齢者は積極的に学び、これまでは企業での仕事を通じてであったが、定年後は地域を通じて社会に貢献をして欲しい。私自身もそのような定年後の時間を過ごしたい。

加賀 隆三(IFLATs フェロー)

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