国際スポーツ大会運営に必要なスキルー後編

好きよりも「課題の発見と解決」

ここからはスポーツビジネス、特に国際大会運営に必要なスキルについて書いていきたいと思います。(前編はこちら
スポーツの世界にいる人はスポーツ好き、という印象が強いかもしれませんが、必ずしもそうではありません。あるプロチームは特定の採用で「その競技やチームが好き」と言った候補者を全員落としたことがあります。先にスポーツビジネスの体制についてお話をしましたが、実際にスポーツの現場に携われる職種はチーム内でも数多くありません。「好き」という気持ちが先行しすぎると、現実との間にギャップが生まれてモチベーションが出てしまいます。実際に、そのような光景を僕自身が幾度も目にしています。

個人競技・団体競技に関わらず、スポーツでは、集団生活やコーチ、チームメイトとの距離の近付き方・置き方、調整方法、ピーキング、休養の取り方など、社会で求められるスキルを一足先に修得することができます。その視点では、スポーツの経験そのものは大切なのですが、「好き」であることよりも、「こういう所に課題があり、解決したい」いう考えがあるとスポーツビジネスでのシナジーを生み出せます。僕自身はと言えば、社会人1年目で働いた会社でスポーツに携われましたが、それから8年間はスポーツとは関係のない業界で働き、マーケティングのスキルを磨き続けたことにより、再びスポーツビジネスの道に戻ることができました。
マーケティング基礎力を元に、この7年間国際大会に運営の中心で携わったことより見えた大切な要素が3つあります。「開催契約」「組織論」「プロジェクトマネージメント」です。

開催契約を読み込む

国際大会の運営は白紙の下に行えるわけではありません。例えば開会式では「開会宣言やスピーチの時間を取りなさい。選手の入場行進はマストです。この曲を演奏しなさい」等の様々な前提条件があります。これを理解せずにゼロベースで「面白そうだからこっちをやる」というわけにはいきません。過去大会のバトンを引き継ぎ、次回大会へ渡さなくてはならないので、きちんと「MUST HAVE(やらなくてはならないこと)」は何か、「BETTER TO HAVE(やれるといいこと)」は何か、この2つを開催契約書の内容を深く理解して進めなくてはいけません。この読み込みを欠いて、場合によっては存在すら知らず、失敗して、回復に時間を取られている例は、組織委員会職員の中でも散見されました。基本中の基本となる要素です。

実践的組織論

組織論と言っても、ここでは、実践的な組織の見方、そこでの立ち居振る舞いのことを指しています。国際大会は国、自治体、企業の3タイプの大会関係組織に加えてフリーランスと異なるバックグラウンドを持つ人が集う場所です。もちろん、外国の方もいて、国籍も多様です。文字通り共通言語がない上に、終身雇用の会社で成り立つような言語化しなくても進むべき方向の空気感が存在する、ということはありません。国際大会を作った団体の慣習に沿った働き方が基本にあり、いわゆるジョブ型がしっくりと馴染みます。説明書もなければ研修もない中で、自分で仕事を定義して決定して進めなくてはなりません。そのため、転職経験のない企業からの出向者は最初かなり苦しみます。運営が始まってからずっと新たな雇用が続き、必要な要素が後付けで積み重ねられ、開催直前までアメーバ状に組織が広がっていきます。昨日までエクセルで交通費申請をしていたのが、ある日突然外部システムに代わるというのは日常茶飯事です。またある時いきなり退化してエクセルに戻ることにも一々驚いていては身が持ちません。毎回、聞けば理解可能な決定理由はあるのですが、組織というものは1つの正しい形を持っていると思っていると痛い目に遭います。組織は変わるものだという前提の下、見定めていくことが業務を前へ進めていく上で大切です。この点においては、国や自治体の方はルールを作る側や、外部組織への異動・出向を経験している方が多く、バランス良く対応されていたと感じています。

スキル集大成としてのプロジェクトマネージメント

最後に「プロジェクトマネージメント」です。これには、IFLATsが着目する「ポータブルスキル」と「ソーシャルスキル」の掛け合わせが求められると僕は思っています。国際大会やスポーツビジネスは社会に大きな影響を及ぼします。その影響力は、組織自体の力量を超える場合も少なくありません。しかしながら、前編でも触れたように、職員数や売上と認知度がアンバランスであるのもスポーツビジネスです。だからこそ、そこで働く人々には、適切な課題設定力と問題解決力が求められます。課題設定力は、様々な仕事で培ってきた「ポータブルスキル」を使う度に磨かれていくものです。問題解決力は「ソーシャルスキル」のひとつですが、どれだけ他者と向き合い、人間力で落としどころを見つけてきたかが問われるものです。国際大会の運営に集うのは、AIではなく、国際団体や、スポーツ団体、国、自治体、スポンサー、メディア、事業者といった血の通った人間です。それぞれの思惑があり、多数の対話の上に成り立っています。その場では、仕事だけでなく暮らし全般の様々な状況に対してどういう経験をして、どう対処してきたかという人間力、つまりはソーシャルスキルが重要となってきます。どれほどに「Uncomfortable(心地よくない状態)」を楽しめるか、コンフォートゾーン(心地の良い場)の外で生きてきたかが役に立つフィールドです。

スポーツが持つ発信力を信じるということ

スポーツや国際大会は時として社会問題を解決する力があります。停戦協定、SDGs、ダイバーシティ・インクルージョン等の契機となることもあります。また、市民レベルでも選手への応援が国境を越えるケースは幾つもあります。羽生選手や大谷選手、かつては野茂選手などがその代表例です。そういったムーブメントやモメンタムは狙って起こせるものではありませんが、挑む資格を持つのは、その発信力を信じることができる、またそうした経験をしてきた人々に他なりません。もっと裾野が広がり、参画できるフィールドが増えてくることがスポーツビジネスにおいて今一番必要であると思います。

北京2022オリンピック・パラリンピック競技大会を通してまた新しい感動が生まれ、それがスポーツビジネスに限定されず、日々の生活で人々に良い影響を与え、新たな活力になり、ソーシャルスキルも意識される。これまでもスポーツはそういう好循環や良いスパイラルを生み出してきましたし、きっとこれからも生み続けられる。人々をエンパワーメント(力づけ)し、エンターテイン(楽しませること)ができるのがスポーツビジネスの醍醐味で、僕自身、それに魅了されています。

(IFLATs フェロー 上村哲也)

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この記事を書いた人 上村 哲也
IFLATsフェロー。ライフスタイルブランドマーケター。2004年日本テレビグループ入社後、ニュージーランド航空、小田急電鉄株式会社などでマーケティング・広報畑を歩み、ラグビーワールドカップ2019組織委員会マーケティング部長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会戦略広報課ニュースデスクなどを歴任。7年間のメガスポーツイベント運営において経営企画、マーケティング、チケッティング、コミュニケーション、広報、デジタル、スポーツプレゼンテーション、スペクテーターズエクスペリエンス、プレスオペレーション、パブリックビューイングなど多岐にわたる部署のプランニングやデリバリーを担当。 中学高校の5年間をオーストラリアの田舎で過ごし、週末のスポーツ会場やショッピングセンター巡りが唯一の楽しみだった経験から、人を集める場所、人を集めるコンテンツを作り、それをライフスタイルブランドに昇華させることがライフワーク。趣味は100km以上を走るウルトラマラソン、ウルトラトレイルで年間5000kmを走る。

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