目に見えない努力へのフィードバック

学生時代の私は、自分で言うのもおこがましいが学業に対してとてもまじめだったように思う。小学校3年生からいわゆる“鍵っ子”だった私は、仕事から帰宅した母にテストの点数をみせるのを楽しみにしていた。いい成績をとったときの母の笑顔をみると、高得点をとれば仕事で疲れた母に甘える権利が与えられたような気がしたし、わかりやすく数字として返ってくる成績は、いっしょにいない時間の努力をカタチにしてくれるようで、私にとっては非常に大切な数字であり、最大の評価であると感じていた

社会人になり営業に従事した際には、与えられた予算に対してどれだけ売上をあげられるか、予算という名の数字と毎日にらめっこしていた。先輩や上司のアドバイスに助けられながら、あの手この手で努力したが、思うように結果にでないこともしばしばあった。勉強では努力をすれば多少は数字として返ってくることが多いと感じていたが、世の中には努力をしてもすぐには結果に表れないことだってたくさんある。そんなことを社会に出てやっと実感することとなったのである。

この自粛期間を経てスマートフォンを使用する時間が格段に増え、視力が一気に低下してしまった私は、先日自宅近くの眼鏡店に足を運んだ。このご時世、いわゆる“接触型”と称される接客業に従事する方々は、これまで以上に客との接し方に頭を抱えているだろう。しかし、ふらっと入店した眼鏡店で私に接客してくれた店員は、似合う眼鏡の選び方、ノーズパッドの種類、おすすめしたい商品を、押しつけがましいでもなく簡潔かつわかりやすく詳細に教えてくれた。

素晴らしい接客だったが、残念ながらこれだ!と思える眼鏡はなくどうしようかと悩んでいたところ、「お客様のお気に召す眼鏡を見つけるのが私の仕事なので、お急ぎでなければ是非ほかのお店にも足を運んでみてください。近くには〇〇さんや●●さんもあり、お客様の求めているデザインも多く取り揃えているようですよ」と提案された。なかなか購入に踏み切らない客に嫌な顔ひとつせず、最後には競合の店までをも勧めてしまえるそのプロ意識には再度感心させられた。思わず、「お兄さんの接客は素晴らしかった。売上に貢献できない分、ぜひクチコミを残させてほしい…」とお節介丸出しで聞いてしまったほどである。すると、「商品を購入いただければアンケート用紙をお渡しできるのですが、今日はそのお言葉だけで十分です。また是非遊びにいらしてください」と、最後まで後味の良い接客を貫いてくれた。彼の社内評価に力添えできない不甲斐なさは残ったが、その日はお言葉に甘え、彼から伝授した知識を携えて別の店舗へ向かったのだった。

 近年非接触型のビジネスが増えているが、接客というのはいつの時代でも大切なモノだと改めて思う。思い返せば、ガソリンスタンドでだれよりも元気に働く年配の男性の姿をみて、なぜかこちらまで元気になったことがある。肌荒れに悩んだ時には、自身の体験談をまるで友人のように話してくれた美容部員の女性に気持ちを晴れやかにしてもらったこともあった。一方で、接客というのは難しい。同じ接客であっても、受け取る側が変わればプラスにもなればマイナスにもなる可能性があり、そこに正解がない。

そして眼鏡店での出来事のように、その接客のすばらしさが売上という数字、あるいは何らかのカタチとして残りにくいということもある。その素晴らしい接客が誰かを幸せにしていることも、中長期的にどれだけ会社に利益を与えているのかも、外部からはなかなか把握しにくいだろう。

 

IFLATsでは、人生100年を自分自身でデザインするためのスキル、経験、サポートについてリサーチする。先日リリースしたソリューションサービス「PRAIL」では、個人のスキルや経験に対して相互にフィードバックすることができることもあり、“評価”というものについて改めて考えることが増えた。私個人としては、評価されやすい環境の人もそうでない人も、正しく評価されていると実感しながら気持ちよく働き、学べることが重要だと思っている。学生時代の私は、点数そのものでなく、目に見えない努力を評価してくれた母のおかげで学業へのモチベーションを保つことができたし、その結果として今、いろいろな世界を見ることができていると思っている。数字だけにとらわれず、その過程や想いのある生き方が評価されることでモチベーションが高まり、パフォーマンスも向上する、こんな循環がこの長い人生を通して続けばいいと思うのだ。しかし、いかなる状況でも結果を追求する人にとっては、結果を出さない人が評価されるシステムに疑問を抱くこともあるだろう。そもそも努力をするのは当たり前だという主張もあるだろう。結果だけでなく、見えない努力を評価してほしいという私の考えは、“甘え”と捉えられてしまうかもしれない。しかし、接客に係る人だけでなく、なかなか結果を出せずにもがいている大人や学生だって、心のどこかで目に見えない努力に対するフィードバックを求めている人は多いのではないだろうか。

今の私には、一人の人間を評価して、その評価が誰かになんらかの影響を与えるなんて想像がつかない。しかしそこは人生100年時代。仕事であれプライベートであれ、いつか私にそんな日が来てもおかしくなさそうなのだ。来るべき日には、何をみて、何をフィードバックし、どう成長を促していくか。そして今、自分自身を評価し高めていく意味でも、改めて人を評価することの難しさに向き合う必要性を感じるのだった。

 (片岡杏子 IFLATs フェロー) 

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この記事を書いた人 片岡杏子
IFLATsフェロー。
大学在学中にフランス留学し、家族社会学を学んだのちにファームステイを経験。帰国後2016年に日用品メーカーに新卒入社し、営業職を担当する。翌年に異動した企画部では販売促進やイベントでの商品PRに3年間従事。海外経験や日用品の商品知識を活かし、“環境・健康・衛生”をテーマにした小学校・被災地でのボランティア等、社会貢献活動にも参加する。2020年1月、(株)矢野経済研究所に入社後は、コンシューマー・マーケティングユニットにて都市のイメージ調査や、ジュエリー専門誌「ジャパンプレシャス」の編集を担当。

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