「欲を出さずに潔く、トップの覚悟を見せる」エスクリ 渋谷守浩代表取締役―後編
リーダーはいかにしてリーダーになったのか。
リーダー自身の言葉からその理由を紐解くインタビューシリーズのVol.7では、ブライダル施設を運営する「エスクリ」で、代表取締役を務める渋谷守浩氏に話を聞いた。建設業で創業114年の歴史を誇る家業「渋谷」の社長として舵取りをする中で、突如「エスクリ」とのM&Aを果たすなど、大胆な采配を振るう敏腕経営者として知られる。現在に至るまでの経緯を初め、渋谷氏が大切にしてきた考えや、コロナ禍における経営まで、ざっくばらんに語り尽くしていただいた。多くのビジネスパーソンの心に響く渋谷流のコミュニケーション論や、仕事への向き合い方は金言ばかりだ。前編では、経営者としての基礎を築いた学生時代から家業の「渋谷」時代のことを中心に、後編では、渋谷流経営力の真髄を発揮する「エスクリ」での出来事とコロナ禍の方針そして今後についてお聞きした。(Vol.7-前編「経営者としての礎を築いた父の道標」はコチラから)
いち執行役員として始まった「エスクリ」での仕事
I: エスクリでの始動はどのようなものでしたか?
S: 初めは、建築担当執行役員というヘンテコな役職与えられて、これはちょっと騙された(笑)と思ってショックを受けたりもしました。社長じゃないにしても、専務とか常務とかを想像していたので「建築担当執行役員ってへなちょこやん!」って。結果、それも良かったんです。社員にとってもM&Aをされた人間がいきなり上に来るのではなく、本線とは違う施設を作る部門の執行役員なんて、本丸の人間からしたら二束三文です。私の武器のひとつは開き直って受け入れる姿勢です。「もうM&Aしてしまったし、ええわ!」という気持ちにななれました。ただ経営には自信を持っていたので、いつか流れはくるだろうと、数年間は粛々と与えられた仕事をやり続けました。次第に危機が起きるたびに私に声がかかるようになりました。「こういう話を役所につけてくるから、君たちはここでこうしておいて」と、指示を出しては解決して。そうやって、どんどん私の需要が増えていったわけです。最初は建築担当執行役員だったのが、本体の執行役員になり、取締役になり、専務になり、副社長になりました。そしてコロナで、さらなる転機が来ました。
I:社内での渋谷さん需要が膨らみ、さらなる転機まで、どのような取り組みをされてきましたか?
S: 私が専務時代のコロナの前に一度、エスクリは初めて大きな下方修正をしたことがありました。ウエディングも潮目が変わっているし、いつまでも昔の栄光に乗っかって同じことの繰り返しでは復活しない。これを機に人事、仕組み、商品、何から何まで見直すことを提案、この局面こそ、まさにリーダーシップが必要でした。
経営力を発揮し実現し業績を急回復
I: 渋谷さんが見直しを提案されたあとは、社内でどのような動きへとつながったのでしょうか?
S: 会社はその時、もはやどうしたらいいかわからない迷子状態になっていました。それで、副社長になって営業を見てくれと。しかもその時、社内で一番ウエディングについて熟知していた常務も辞めてしまい、本当に最大の危機でした。「わかった、私に任せておけ。その代わりここからは経営力で立て直すから、口を挟まないで欲しい」と宣言して、その結果、たった1年で業績を急回復させました。
I: 1年で業績を回復とは、すごい手腕ですね。どのような取り組みで、劇的な立て直しをはかったのでしょうか?
S: 私はウエディングをどうしろとかは一切言ってないです。私のやったことは、商品の弱点を探しに行くのではなく、各施設の支配人の弱点を探しに行く。彼ら一人一人と面談して、食事をして、一人一人の弱い部分を聞き出して、人を改革しました。彼らにも、2年の踊り場を作っていいから慌てるなと伝えてリラックスさせる。みんなもやっぱり最初は抵抗があるわけです。建設会社上がりで、ウエディングについても知らなさそうだし、なんなのかなぁと。私も、そう思われて当然だと思っていました。ですが、いざ話してみたら「あれ?」ってなるわけですよ。
I: 対話の仕方に、渋谷社長の秘策があるのでしょうか?
S: 「私は、ウエディングのことはようわからん」と必ず会議の冒頭で言うわけです。「ウエディングのことは君たちに習いたい。そこについては、私は君たちに語ろうともしないけど、私は経営をしに来ているから、経営は私に教えようとするな」と。つまり、彼らの立場からすると、副社長に対してウエディングのロジカルなことを教えて、経営のことは学べと。経営とウエディングという役割を各支配人と分担しました。「今はとにかく私が頑張らないといけないから力貸してくれ」と。みんなと話をしていくうちに「そこまで言うのだったら、一緒にやりましょうか」と同じ方向へ向いていったんです。今まで距離があったのが、ぐぐぐっと近づいちゃったわけです。それで、あっという間に業績を回復し、ボーナスも大盤振る舞いして。とにかく私に力を貸して損はないことを見せたわけです。「上場企業の社長は株主総会で否決されたら来年からいないんやし、いる間に私のことを上手に使って稼げ」と。そうしたら、みんなの気持ちが繋がった。ギヴアンドテイクです。私が代表になって5年間ずっと営業利益も売り上げも右肩上がりを続けました。そしてやってきたのがコロナで、再びドーンと落ちました。
長期的なコロナ禍を見据えた経営判断
I: まさに経営力による賜物だと思います。そしてやってきたコロナ禍での落ち込みは、どのような戦略で進んできたのでしょうか?
S: はい、コロナで落ち込んだいま、やはり再び経営力が必要な局面ですよね。ウエディング業界で唯一、エスクリは金融会社であるSBIホールディングスを筆頭株主にしています。そして、第2位には、TKPに入ってもらいました。要するに資本政策なのですが、それこそ経営者の神髄ですから。コロナはウイルスですし、銀行に頭下げて金貸してくれと言うてたら、間に合わんのですよ。歴史を遡ったらウイルスに人類はずっと苦しめられてきているわけで、銀行の貸し渋りとかも起こるだろうと考えて、コロナ第一波の時点で資本増強を実行しました。SBIホールディングスとは資本業務提携、TKPさんとは、エスクリの空きバンケットを高級会議室として稼働させていくため共同ブランド「CIRQ」を立ち上げました。筆頭株主が金融会社というのはエスクリに対する銀行の見方が変わるし、安心材料です。
私自身もこのタイミングで個人としてはトップレベルの大株主となり、資本業務提携をいただいた企業に対し、覚悟を示せたと思っています。
I: M&Aから振り返りますと、ドラマチックな展開ですね。
S: 結局、オーナーシップを取りに行くことになりました。100%買収された側でしたが、気づけば個人株主で言えばトップレベルの大株主となりました。潔さがドラマのような出来事を引き寄せていると思っています。気がつけば代表権も全部私に集約され、身の引き締まる思いです。これには、「商売の神様っておるんやな」と思わざるを得ないですよ。
欲を出さずに潔さで引き寄せる、商売の心得
I: それを成し得た理由は、社長ご自身ではなんだと思いますか。
S: 一つだけ言えることは、私は一切欲を出してない、ということだと思います。会社を売った時もその値段でええわと、代表者になろうと思ったわけでもなく、たまたま危機を解決していたら、社内で勝手に役職が上がっていった。会社の大ピンチの舵取りを引き受けたら、たまたま全権が私に集中してきた。頑張った結果、今までちょっと距離のあったウエディング本丸の社員たちと、距離がすごく近くなって、おかげさまで1年でV字回復して5年連続右肩上がりです。やっぱり欲を出さない、持たない。商売の神様がついている不思議な人生なんだと思います。
I: 社長に一番影響を与えている人は、お父様でしょうか。
S: そうなりますかね。私の弱点をことごとく見抜いてくるから、本当に大っ嫌いで仲が悪かったです。それが、亡くなる前の3年間、親父に介護が必要な状態になりまして、温泉に連れていって背中を流したり、車椅子を押して食事に行ったりと、親子関係までしっかり取り戻させてきて。親父の道標にはかなわないですね。