エグゼクティブインタビューVol. 9-前編:アデコグループ 日本法人 取締役 土屋恵子氏 「どう働くかは、どう生きたいかと同義」

リーダーはいかにしてリーダーになったのか。
リーダー自身の言葉からその理由を紐解くインタビューシリーズのVol.6では、スイスに本社を置く人材サービス会社アデコグループの日本法人で取締役を務める土屋恵子氏に話を聞いた。HRに関わるきっかけとなったキャリア初期の原体験、欧米と日本企業の人材に関する考え方、また、コロナ禍において在宅勤務率98%達成に至るまでの社内改革など、働き方について考え続けてきた自身のキャリアを振り返り、お話をいただいた。

IFLATs(以下、I): 今のポジションや考えに至るまでの間、どのような変化やきっかけがあったかをお伺いさせてください。

土屋(以下、T):私は1980年代にキャリアをスタートしました。当時の花形はマーケティングで、そういう仕事がいいなと思ったり、自分のキャリアを考えて、どこかのタイミングでMBAなどを取りに行ったりするのかなぁなどと漠然と考え、のんびりと、本当に何も決まっていない中で社会人をスタートしました。
その後、アメリカに本社を置く外資系の会社に勤めていたときに、当時の社長はフランス人で、企業風土をより良く変えるために一生懸命色んなことに取り組まれていました。私は社長のエグゼクティブアシスタントでした。当時バブルはすでに終わっていましたが、まだまだ日本は世界でトップクラスの経済大国でした。
グローバルの本社から100周年を迎えるにあたりビジョンを新たにしたという知らせがあり、世界中の支社に新しいビジョンを広めるというミッションが与えられました。しかし、日本では、社長が「誰かやらないか」と呼びかけても誰も手を上げなかったそうです。「こんな1円にもならないプロジェクトはやりません。自分はともかく、部下を動かすわけにいきません」と。当時はビジョンという言葉も一般的ではなかったですし、致し方無かったかもしれません。社長も困って、「土屋さん何かやってよ」と私に言ってきました。「何かやるって何をすればいいんだろう」というところからそのミッションに携わり始めました。分からない点など本社に聞くと、本社の方が教えてくださったりして。そして、日本の社内で「会社のビジョンが新しくなりました」と発表するミーティングになんとか漕ぎ着けました。

I: エグゼクティブアシスタント(社長秘書)という仕事の枠を超えたプロジェクトですね。

T:このとき、ビジョン浸透と合わせて、事業や会社の方向性、自分たちがどうしてここにいるのか、お客様とは誰か、お客様の先にある社会に対して何を提供できるかなどを、現場の皆さんと議論しながらたくさん考えました。今から考えれば、それがまさに経営そのものなのですね。当時は何にも知らずにやっていたので、現場の人から見れば「めちゃくちゃなことを言っている人がいるけど、若くて何にも知らないし、どうやら一生懸命みたいだから、教えてあげよう」ということだったと思います。
そんなことをやっているうちに、その時の上長が「土屋さん、人事に向いているのではないか」と。人事にマネージャーの空きがあるから行かないか、と提案してくれました。私はそのとき「絶対に無理です」と言いました。私にとっての当時の人事は、コンフィデンシャルなデータをしっかり管理することがメインの繊細な仕事というイメージでした。今までのやり方をしっかりと守っていく仕事だと思っていて、それは自分には向いてないから無理ですと答えたら、社長が「違うよ」と。「そういう部分もあるかもしれないけどそれは一部で、大きなところは、組織をよくし、ビジネスを成長させ、人や組織を成長させる。会社をいきいきと元気にするのが人事。だから非常に戦略的なポジションで、現場にどんどん飛び込んで組織を元気にする仕事だ」と言われました。それだったらできるかもしれない、と考えて社内公募の面接を受けたら通り、異動することになりました。
組織の活性化は、ビジョン浸透の仕事で経験していました。採用やリーダーシップの育成も、学びながら、教えていただきながらやって行きました。アメリカの本社のスタッフと直接コミュニケーションを取ってアドバイスをもらえたこと、国内の現場のリーダーや社員と一緒の方向を向きながら様々な議論ができたことが、その後の自分のキャリアを考えると非常にラッキーだったと思います。

人材に関する海外と日本の考え方の違い

I: HRに関わるようになって、学会へも色々と参加されていらっしゃいます。そこで得た知見とは、どのようなものですか?

T: 約10年前からグローバルなHRの学会に行くと、ニューロサイエンス(脳科学、神経科学)の話が増えてきました。ある時は倫理学系だったり、ある時はサイエンス系であったりと、最先端のナレッジやベストプラクティスが出てくるなかで、非常に面白いと感じたのがニューロサイエンスでした。ニューロサイエンスだけ取り上げると特殊な印象を抱かれるかもしれませんが、(スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授による)グロースマインドセットのように実証済みの研究も含めて、科学の発展が人や組織の研究に反映され、日々進化していくのが、HRの奥深さだと思います。
なぜそのような話が出てくるかと言えば、学問やアカデミアの分野が追いついてこない最先端の部分がビジネスだからです。ビジネス、つまり経営者は最先端と共に生き続けるので、経営者の悩みも最先端なのです。最先端のところで実践し、トライアンドエラーを繰り返していくことが、事業会社メンバーのチャレンジであり、面白いところ。そして、それらのサクセス(成功・実績)を学問として調べ研究し、発表していくことがアカデミアの役割です。

I: 今のようなお話は、例えば外資系企業ではすでに浸透していて、伝わりやすい風土があるのではないかと思うのですが、人材育成や人が育つ環境でビジネスを発展させると言う考え方は、日本の会社ではいかがでしょうか?

T: 私は、日本の組織が一番得意とするところは長期的な視点を持って人を大事にするという点ではないかと思っています。企業の新卒採用も、まだ働くことを体験したことのないメンバーを迎え入れて一緒に仲間として育て成長を支援していく文化で、本当に素晴らしい側面を持っていると思います。新卒以外でも、例えば弊社のビジネスの一つにIT領域での人材サービスがありますが、エンジニアは非常に不足しています。われわれのグループでIT領域でのサービスを提供しているModisでは、育成によってその不足を補うということを以前から行っていて、文系理系関係なくエンジニア志望の方を毎年数百人規模で採用し、育成しています。
日本だと当たり前のことですが、研修期間は売り上げがないわけで、その人材にひたすら教育投資をするというのは、非常にユニークなやり方なのです。即戦力の人材を採用した方が良いのではないかと以前は海外からよく言われました。「そうではなく、育成するのが大事だ」というと、次には「育成しても転職してしまうだろう」と。アデコグループジャパン代表の川崎は、一緒にお客様に価値提供していく仲間として育てていくんだということを、スイスの本社に対して発信し続けてきました。少し前まではあまり理解を得られていませんでしたが、ここ2〜3年で大きく変化してきています。
企業が成長していくために必要なのは、究極的には人です。それぞれの企業が持つビジョンを実現する時に、どういう仲間がそのビジョンのもとに育ってくるかが経営に直結します。ピープルセンタードという言葉があります。しばらく前からDX、IoT、AIに注目が集まっていますが、そういったことを進めていくために必要なのもやはり「人」です。人を大事にすることこそが、日本企業が実は一番強いところで、80年代以降やや方向性を見失っているところがあるかもしれませんが、本来的には馴染みがあると思います。

1 2

MORE ON IFLATs関連記事