リーダーシップインタビューVol.3-1:日本M&Aセンター 三宅卓氏 「ビジョンを明確にしてコミュニケーションを徹底する」

ビジネスマンとしてブレイクした金融時代

M:「すんません、無断欠勤を1カ月しました」と。若気の至りですよね。よう帰ったと思います(笑)。
「ついてはビッグビジネスをやりたいので金融機関担当に変えてください」と。ずうずうしくも1カ月休んでおいてよう言ったと思いますけれど、金融機関に変えてもらって。当時31歳位だったと思います。ですが、四面楚歌です。コンピューターの世界では、バンキングシステムがハイエンドです。何百億円というシステムですし、絶対に止めてはいけない大事な勘定系システムです。みんなその意識が高くて「会計事務所担当でトップ(営業)かなんや知らんけど」って。
金融(機関部門)へ行って出会った上司の藤田さんに「会計事務所(部門)から来たんやから、その知識を生かして銀行に売れるシステムを企画しよう」と言われて、初めて自分で企画し、人脈をたどって、銀行の自己査定、融資の評価付けのシステムを、松岡さんに加えて、北山さんという会計士と3人で作り上げました。これがいまだに全金融機関の半数に相当する200の金融機関で動いています。これが一つ目のブレイクスルーです。
作ってくれた松岡さんは、そそのかして独立させて情報企画という会社を作り、当社より早く上場しました。北山さんもキャピタル・アセット・プランニングという会社を作り、上場した。僕も上場したので3人とも上場できました。
マーケティングをして商品開発することを教えてくれたのも藤田さんでした。商品を使ってもらえるような売り方、これからの金融機関の在り方みたいなものを問題提起し、プレゼンテーションして販売していくというやり方も教えていただきました。ビジネスマンとしてのブレイクスルーを手ほどきをしてくれた方です。
その過程に寄り添ってくれた先輩が浦西さんといって、長年、情報企画の専務をされていました。ずっと一緒にバンドをしている音楽仲間で、人生の友です。そういう意味では金融時代は良かったですね。

I:いろいろな関係ができたわけですね。

M:そうですね。最初の金融機関担当は37歳までやったのですが、最初の2、3年は商品企画をしながら販売するということを学びました。その次は藤田さんに呼ばれて東京の営業企画をやることで、全国をマーケティングしながら販売促進を担当し、全国区の視野をつけさせてもらいました。その後、名古屋の事業所長にしてもらって東海事業所長として、今度は人を使うということを学びました。商品企画から全国区、ひとつのブランチを預かって数字を達成しリーダーシップをもって人を動かしていくのを、それぞれ2年ずつでき、ビジネスマンとして大きくブレイクスルーしたと思います。
そして37歳のときにこの会社(日本M&Aセンター)をつくるという話を聞いて合流しました。

覚悟をすることで人を惹きつける

I:さまざまな節目、節目で感触を得ながら次々と移ってこられたわけですね。リーダーシップにも、社長の中でこうあるべきだという意識や考えがありましたか?

M:リーダーシップを意識したのは、ブランチマネージャー、名古屋の事業所長になったときですね。若い人たち、あるいは自分より年上の人も含めて方向性を一つにして動かしていかなければいけない、ということで一番勉強しました。

I:当時は何人位いらしたのですか?

M:15名ぐらいですかね。最初に言われたのが「名古屋は難しいよ」と。何で名古屋は難しいのやろうと考えてみました。名古屋の事業所長の次は、一般的に大阪か東京の事業所長をして、部長になります。部長で成功したら取締役というコースになっている。ですから早く名古屋を卒業したいとみんな思っていて、名古屋を愛していない。相手を愛していなかったら、相手から愛されるわけはなく・・。

I:そうですね。

M:上司部下でも、お客さんでも、夫婦彼女でも、相手のこと遊び相手やと思っていたら、相手が真摯に付き合ってくれるわけはない。覚悟を決めるが大事だと思い、名古屋にマンションを買おうと・・。

I:まさに定住する覚悟で。

M:そう。「私、マンション買いましたから」って言いまくっていたら「おまえ、マンション買ったの?」「私も住みますから」って。実際は、子どもの教育の真っ盛りだったので、土曜日の早朝に大阪の家へ車すっとばして、月曜日の早朝3時半位に家を出て名古屋の会社へ行っていました。その覚悟が各金融機関から気に入られ、社員も「三宅さん、本気やな」とついてきてくれて、好業績を上げることができました。覚悟をするということは、人を惹きつけるということを学びました。

(Vol3-1終了)

 

プロフィール

三宅卓氏:1977年日本オリベッティ株式会社入社。分林保弘氏(日本M&Aセンター現会長)とともに会計事務所へのプロジェクトを担当した後、金融機関への「融資支援」や「国際業務」のシステムの企画・販売を担当。このときの人脈が日本M&Aセンター金融機関ネットワークの素地となっている。「日本を支えるトップ営業マン」としてビジネス誌に紹介。1991年株式会社日本M&Aセンター設立に参画。中小企業M&Aの第一人者として同社を牽引。数百件のM&A成約に関わって陣頭指揮を執った経験から、「中小企業M&Aのノウハウ」を確立し、品質向上と効率化を実現。上場時には営業本部を牽引し、大幅な業績アップを実現して上場に貢献。2008年代表取締役社長就任。中堅中小企業のM&Aを支援するリーディングカンパニーのトップとして、TV・新聞をはじめとするさまざまなメディアで取り上げられる。

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