生きること、働くことを楽にしてくれたクランボルツ教授の理論

IFLATsでは、リーダーインタビューの中で「座右の銘は?」「尊敬する人は?」といった質問項目を必ず聞いている。わたしはリーダーではないが、自分の方向性や考え方に迷ったときのため、拠り所となるような言葉や指針が欲しいと思っていた。そうしたことについて考えるようになったのは、5年ほど前に書道のお稽古に通い始め、毎年書初めをするようになってからだ。新年に目標や抱負を残しておくことで1年を有意義に過ごせるようになり、新年に書く言葉を考える時間がその1年や過去の自分の振り返りにもなっている。また、考える中で東洋哲学などに触れ、勉強したりするきっかけにもなる。この振り返りや学びの時間も好きなのだが、暮らし方、生き方の拠り所となる言葉がいつも近くにあるという感覚も好きなのだ。

数年前、わたしは人生の拠り所となる考え方「計画的偶発性理論」(Planned Happenstance Theory、後にHappenstance Learning Theoryへ改称)に出会った。
これはスタンフォード大学の心理学者、ジョン・D・クランボルツ教授によって1999年に発表されたキャリア理論である。ビジネスパーソンとして成功した人のキャリアを調査したところ、そのターニングポイントの8割が本人の予想しない偶然の出来事によるものだった、という調査結果に基づき提唱されている。

この理論のポイントを自分なりにまとめると、
・不確実性の高いこの時代、計画を立てても思い通りに進むとは限らない。
・であるならば、偶然起こった出来事を自分の計画に取り込みながら(その偶然を計画的に設計するという考えもある)キャリアを形成していくことが求められる。
・むしろ自分の計画に固執しすぎると目の前に現れた偶然のチャンスを見逃してしまう可能性がある。
・まず行動が大事、そして5つの行動特性を持っている人には偶然の出来事が起こりやすい。

・・・とういうようなものである。

5つの行動特性とは、以下のことをいう。

  1. Curiosity(好奇心)
  2. Persistence(持続性)
  3. Optimism(楽観性)
  4. Flexibility(柔軟性)
  5. Risk Taking(冒険心/リスクテーキング)

この言葉を知る前のわたしは、刹那的とまではいかないものの、興味のあることばかりをやり、将来的な計画を明確に持っているわけではなく、現状を楽しんでいた。時に行き当たりばったりすぎる生き方をしているのではないかと思うこともあった。
例えば、大学卒業後に就職するのではなくワーキングホリデーに行ったり(日本では新卒で就職するのが思った以上に重要なことは後で気づく)、その流れで、帰ってきた当時に感じていた就活に対する閉塞感から、住むところも働くところもないのにスーツケース一つで東京に来たまま住み着いてしまったり(その後、現在の勤め先へ就職)。
周りに仕事でやりたいことをやっていたり、忙しくて遊ぶ時間がなくても稼いでいたり、仕事と家庭を両立していたりする友人を見ると、自分は、不幸なわけではないが、この計画性のない生き方でいいのか?あの時熟考していたら?と自問自答する時があった。
それまでは、まず目指すゴールを定めてキャリアステップを具体化し、それに向けて経験を積み重ねていく、という流れが一般的、かつ正しいと考えていたからだ。

そんな時に「計画的偶発性理論」を知り、すごく楽になった気がした。

もちろん、全くの無目的、無計画は怖いが、計画していても、思いもよらないことは起こる。そのとき、それを必然に変えられるかどうかはその人のそれまでの生き方や行動による。常に行動を起こしていたり、少なくとも、先ほどの5つの行動特性を持っていたりしたら、チャンスをつかめる可能性が高まるということだ。

 

自分を振り返ってみると、好奇心、楽観性、柔軟性、冒険心は持っていたと思う。
何も決まっていなくともスーツケース一つで東京に来たのは“冒険心”があったから、ここで長く住んでみようと考えられたのは“柔軟性”があったからだと思う。当時最初の1週間滞在したのは南千住の安宿だった。夜に駅に着いて道に迷い、座ってお酒を飲んでいる人に地図を見せて宿までの道を聞いた。知らなかったとはいえ、これは“楽観性”があるからできたのではないか。また、その安宿にはたまたまシリコンバレーでジャーナリストをしている日本人が一時帰国のために滞在していて、“好奇心”からいろいろ話を聞いていた流れの中で、就職活動や生き方の相談に乗ってもらっていた。彼はもともと日本の新聞社で働いていて、取材をして記事を書くというところに興味を持ったわたしは、今のマーケットリサーチ会社に就職することになったのだ。

社会人になってからも、仕事、プライベート関わらず経験が経験を呼んでいる。当時はファッションやインテリアなど柔らかい分野に興味を持っていたが、配属されたのは化学素材を扱う部署。この時の経験もあり、最新の技術や社会を良くしようという思いや、取り組みに魅力を感じるようになった。そして、新規事業開発チームに異動してからはそれが加速した。IFLATsにつながる出会いや意識の変化もその頃に経験した(オープンイノベーション的な)クライアントワークがベースになっているし、自社のWebサービス立ち上げでやってきたことが役立っている。チャンスをつかんだとまではいかないが、面白い方向に進んできている。ちなみに、“継続性”はないかと思っていたが、最初に就職した会社で現在も働き続けている。

座右の銘や尊敬する人にまつわる話を聞くと、人の生き方の根源的なところを知ることができる。また、そうした言葉や指針を持つ背景には、それまでの行動に伴う振り返りがあるのだと思う。リーダーインタビューはまさにそうした振り返りの経緯と、経験が経験を呼ぶエピソードが、時に型破りに語られていて面白いのだ。

(IFLATsフェロー 矢野初美)

 

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この記事を書いた人 矢野初美
IFLATsフェロー。
2008年、株式会社矢野経済研究所入社。機能性フィルム、素材を対象にした市場調査を行う。2012年に新規事業開発チームに異動、採用支援のWebマッチングサービス立ち上げる。また、アイデア発想支援サイトの企画開発、運営に携わる。2018年より中野区シティプロモーションワークショップに参加。現在はHR関連クラウドサービスやブランドのデジタルマーケティング調査を担当。大学キャリアセンター支援事業にも従事している。青山学院大学社会情報学部ワークショップデザイナー育成プログラム終了。

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