VUCA時代のビジネスパーソンを考える
街を彩るイルミネーションやクリスマスソング、街中が色めき立つ12月は、1年中で最もワクワク楽しい雰囲気に包まれる時期だというのに・・・。今年は、新型コロナウイルス感染症の第3波の渦中にあり、多くの人が例年とは違う不安な師走を迎えている。2020年を振り返ると、まさにコロナショックで全てが一変してしまった年だった。誰もが経験したことのない緊急事態宣言下での自粛生活、密を避ける新しい生活様式への変更、そんな流れでのリモートワークの導入・浸透など。勿論、今も尚、厳しい状況に直面している業界・業態が殆どではあるが、一方で、世界中が、今までの常識を疑い、本来のあるべき姿を見つめなおす良い機会を得た部分も少なからずあったように感じている。
いずれにしても、感染拡大を抑えつつ、経済を回していくというコロナが与えた難題は、残念ながらまだこの先も向き合い続ける必要がありそうだ。
仕事柄、このような不確実性の高い時期だからこそ、先を予測して欲しいという要望も多く、今求められる役割について、改めて考えさせられる日々でもある。
さて、リサーチャーという仕事は、課題に対して、その解決策につながると考えられるデータを収集し(調査を行い)、分析し、正確に伝えることが求められる。実際の調査(データ収集)のフェーズでは、業界のキーマンへの取材や、消費者調査に加え、その現地・現場に足を運び、実際に目で見て、数を数えて、話を聞いて、というような泥臭いこともしつつ、誰も持っていない・どこにも集まっていない情報を調べていくことも多い。この実査フェーズに一番時間を費やすのは言うまでのないが、実はその前段階の調査設計が何よりも重要であり、(クライアントの)課題の理解と、どのような情報を収集することが解決の糸口に繋がるのかの仮説を持つことが求められる。場合によっては、動きながら仮説の修正を行うこともあり、柔軟性も必要だ。また、分析・まとめのフェーズでは、正確に読み解く力も求められる。この仕事の醍醐味は、単純な部分では、自身の好奇心や探究心が満たされるからという人も多いが、勿論そこも大いにありつつ、個人的には、少しでも担当する調査が、課題解決に役立ち、その人の思い描く未来へ向かう一助になりたいという想いでやっている。
私は消費財分野の中でも特にファッション分野において、ブランディングやマーケティングの悩みを抱えるクライアントからの案件をお請けすることが多い。自分たちの力不足を反省しつつ同時に思うのは、調査結果を有効に活かしていくためには、依頼する側がその調査に対する「明確な目的を持っているかどうか」が、とても重要な要素であるということだ。
数年前に、複数のブランドを抱える某大手アパレル企業から、それらのブランドの差別化について相談を受け、一連のいくつかの調査を実施したことがあった。
ファッション業界の市場動向や競合ブランドの分析、消費者調査など様々な角度からの調査を実施する中で、競合ブランドのベンチマーク調査の結果を報告した会議でのことだ。その競合ブランドでも、売上高数字の比率だけを見ると、複数ブランドのすみ分け(差別化)は上手くいっているとは言えない状態だったのだが、その結果を伝えた会議でのクライアントの反応は意外なものだった。「あのブランドでこの数字なら、うちのブランドは、よく頑張っているほうですね!」「良かった、良かった!」という、何とも楽観的で、のんびりとした反応だったのだ。その企業が、今のブランド展開を継続しないという判断があり得るならいざ知らず、そうではないにも関わらず、上手く行っていない理由の追求にはあまり興味がない様子で、上手くいかないものだという都合の良い正解を得て、安心することに終始している様子だった。その後の調査結果も、それを活かしてどうするか?という議論というよりは、勉強会としてそのプロジェクトは終わってしまい、何とも言えない感覚で終えた仕事だった。少なくとも、当事者であるはずのクライアントに、何とかしなければという意識が薄く、調査結果はやや他人事のように受け止められている感じを受けた。
一方で、過去にこんなケースもあった。ある外資系ブランド企業で、次に出す新商品をターゲットと考える消費者に見せ、その感想を確認した調査で、クライアントが意図するものとは全く逆の不利な結果が出でしまった。ターゲットとなる消費者の90%強は、その商品に好意的でない意思を示し、好意的な意思を示してくれたのは、たった10%未満の若年層だった。新商品を出すことは変えられない決定事項だったことから、そのブランド企業はどうしたのかというと、この調査結果を基に、好意的な10%未満の属性を徹底的に研究し、プロモーションやコミュニケーションを大幅に変更する戦略に出た。好意的だったのが若年層だったことも奏功したのだが、結果的に、新商品は大ヒットし、それを機に、そのブランドは日本では今や誰もが知るビッグブランドへの道を歩み出すことになった。
この2つの対照的な例からも分かるように、一番重要なことは、どんな結果であっても、その結果を正しく把握し、だからどう動くのか?という次の具体的な施策やアクションを考えることが、絶対に必要なのである。残念ながら、ファッション業界においては、前者の企業のように終始してしまうケースがまだまだ多い気がしている。ざっくりとした悩みが同じでも、その解決策となる糸口は十人十色であり、依頼者側に結果を活かそうという「意識」や「意志」が明確になければ、どんな調査もあまり意味のないものになってしまう。
逆に、調査に過度の期待を持ち、まるで全ての解決策が出てくるかのような誤解をされていることもある。調査はあくまでも目的に沿って、仮説を立て、調べるものであって、それ以上のものは出てこないし(たまに想定外の情報が取れる場合もあるが)、欲張り過ぎる調査は、色々な点で上手くいかないものだ。
ところで、この、問いを立て(仮説を持ち)、調べ(あるいは学び)、正確に理解し、次のアクションを起こすという一連の文脈は、調査業務に携わる人に限らず、ビジネスのあらゆるシーンにおいて、どんな人にも備えておくべき能力だと思っている。そこには、「自分ごと化」して考える意識を持てるかどうかも、とても重要だ。
コロナショックにより、世界は一変してしまった。今までの常識が非常識になり、まだ先の未来だと思われていた将来が急速に近づいた。ビジネスの現場では、コロナ関連で日々変わる情報に気を留め、まさに今日、明日の行動を変える判断を迫られるシーンも多々あるだろう。
VUCA時代だからこそ、目先の情報・状況に惑わされることなく、誰かの将来予測を鵜呑みにするのでもなく、自分で問いを立て、現実を見極め、考え、更には実際に動けることこそが、今の時代を柔軟に生きることに繋がるのだと、今更ながら想いを強めている。
(IFLATsフェロー 木下千春)
大学卒業後、CRMソリューション企業で法人営業に従事。幅広い業界の新規開拓、アカウント営業を経験した後、2009年に株式会社矢野経済研究所入社。消費財分野のリサーチャーとして、市場調査、消費者調査、CS調査、海外調査、ブランディング、事業開発等に関するクライアントワークを担当。教育事業の立ち上げも兼務。2012年以降は、国内外のファッションブランド業界の研究員としても、年鑑レポートの発刊やセミナー講師を行う。2020年よりブランディング&イノベーションサービスグループ マネージャー(現職)。