HRイノベーションを成功させるための3つのテーマ

インクルーシブグロース

日本企業の特徴を語る際に使われていた「残業天国」という表現は、働き方改革のもとで存在を許されなくなりました。年間2,000時間を超える正社員の労働時間短縮は、働き方改革の最も重要な目標として推進されてきました。

一方でこれ自体は改革の入り口に過ぎません。人的資源管理(HR)のイノベーションはどの会社でも人事部のミッションを超えて、経営戦略課題として多元的に検討されています。

働き方改革の名のもとで、それぞれの組織が具体的に追求しているテーマは一様ではありませんが、世界のトレンドを眺めると、労働生産性向上、労働参加拡大、そしてインクルーシブ・グロース推進の3つのテーマが、HRイノベーションの推進のうえで重要と捉えられます。

労働生産性向上

日本生産性本部によると、2018年の日本の時間当たり労働生産性(就業 1 時間当たり付加価値)は46.8ドルで、過去50年間ずっと主要7か国中最下位です。働き方改革の成果で日本の労働生産性は緩やかに上昇していますが、米国、ドイツ、フランスは70ドルを超えており、差は広がっています。この差について専門家のなかには「日本は利益至上主義ではなく雇用維持を重視してきた」「欧米の場合は一部の高付加価値創出企業が平均を押し上げており、実感として日本と差が広がっているということはない」との見解もありますが、付加価値額が最下位であることの説明としては不十分です。ちなみに日本企業が本当に雇用を大事にしてきたのかについて調べてみると、2000年から2015年にかけて、大企業(資本金10億円以上)の給与所得者数は12%以上減っており、この間の労働力人口減少(2.1%)を上回る人員減少が見られています。

労働生産性向上がなければ働き方を進化発展させることはできません(資産収入があるから労働しない、という人でも労働生産性の影響は受けます)。生産性向上を経営者だけの責任とは捉えずに、個々の働き手も生産性向上を意識したうえで、経験・スキルを高め、果敢なチャレンジに取り組むことが期待されています。

労働参加拡大

労働参加拡大とは、一般的には15歳以上の人口に占める労働参加者の割合を向上させることです。近年、日本の人口は毎年20万人以上の減少が続いていますが、女性と高齢者の労働参加の拡大や外国人材の受入拡大により、就業者数は増加傾向をたどってきました。コロナ禍で就業環境は厳しくなっていますが、働くことを希望する人たちが安心して働くことができるようになることが、人生100年時代の世界に不可欠です。

端的に言えば「週5日・1日10時間以上職場にいることができる人材」でなければ適正な待遇・処遇を得られないという環境を変えたり、プロパー人材だけに権限が集中するという状況を見直すことで、多様な人材が不要なストレスを感じることなく職場に参画できるようにするための創意工夫の必要性が増しています。家庭の事情で週3日しか働けなくても高い成果を上げれば週5日勤務の社員より高い報酬を得ることができたり、雇用形態にかかわらず能力向上の機会を得ることができたり、人生設計のスケジュールに応じて「フルタイム正社員→業務請負→週4日勤務正社員→フルタイム正社員」など雇用形態を変更することができたり、といった具合に、労働参加の選択肢を多様・柔軟にすることが重要になります。

個人ベースで考えても、兼業・副業で自分自身が様々な活動に参画したり、あるいは様々な経験・スキルを持っている人材に自分自身の本業に関わってもらったりすることで、自分自身を起点としてイノベーションを仕掛けることができます。

インクルーシブ・グロース

インクルーシブ・グロースは日本語で「包摂的成長」と訳されます。近年、世界各国の経済政策議論の大きなテーマになっています。理論的に正確な定義をするには筆者の準備が足りませんが、働き方改革の文脈においては「すべての人にチャンスがある」ことと「自ら変革をしていくこと」という解釈ができます。これ以外にも様々な定義ができると思います。

経営者の力が強い会社では、経営者が独断専行し、現場の意見が尊重されず、強引な組織運営が行なわれることがあります。それでも業績向上が続いていれば現場も経営者の行動に理解を示すでしょうが、独断専行が続けば人材は離れ、成長力が失われます。

経営者にとってインクルーシブ・グロースの追求は決して容易ではありません。収益向上へのプレッシャーのなかで、すべての人材に等しく機会を提供し、エンパワメントをしていくことは、根気のいることです。デロイトトーマツコンサルティングが公表しているレポート「Inclusive growthに向けた経営戦略」では、“inclusive growthイニシアティブを支えることで、投資や労働力についての意思決定が鈍る”という経営者の悩みが少なくないことが紹介されています。

一方、急激なテクノロジー進化と人材獲得競争激化により、働き手が勤務先を選択し、“業者(下請企業)”が顧客を選ぶ時代にもなっています。その変化を捉えて、すべての人材に等しく経験・スキルの形成と発揮の機会を用意しなければ、組織に未来が訪れない世界に私たちは住んでいます。

インクルーシブ・グロースを推進する組織をつくるのは経営者の使命です。同時に働き手個人としても、自分一人でなく周囲とともに成長する前提に立って、自分自身の成長を定義することが必要になります。仕事の難易度が上がり専門分化が加速する時代ですので、一人でなく個人を起点としたコミュニティとして、変化に対応することが、個人の道を開きます。

人生100年時代では人的資本の定義が根本から変わります。いまはテクノロジー、ガバナンス、そしてマインドを根本から変革するプロセスにあります。様々なHRテックサービスや画期的な労務管理手法を活用し、それをきっかけにして人材開発戦略とコーポレートガバナンス改革を進展させ、スタッフの意識改革を進める――。これらを組織が遂行するべきタスクとは考えずに、未来を担う人的資本である私たち全員がHRイノベーターとして改革を進める責任を持っている、と自覚することが、人生100年時代を実りあるものにしていきます。

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この記事を書いた人 間中健介
IFLATsプロデューサー。
米系コンサルティング会社勤務、衆議院議員秘書、愛・地球博広報スタッフ等を経て、2007年から創薬支援ベンチャーの設立に参画。2013年関西学院大学非常勤講師、2014年内閣官房日本経済再生総合事務局スタッフ。2017年一般社団法人働き方改革コンソーシアム設立。東京・虎ノ門ヒルズにおいて「働き方改革実現会議2018」を主催。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。東京都立大学大学院出身。2014年度コープみらい地域かがやき賞受賞(小児がん患者の活躍支援)。
著作に「ソーシャル・イノベーション」(関西学院大学出版会/共著)、「Under40が日本の政治を変える」(オルタナ/コラム連載)。

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